【子育て】子供も一人の立派な社会人という考え方【教育論】

子育て

まだまだ子供が小さいということもあって、日々子供の成長を感じています。

自分の会社の先輩イクメンの方々に子供のことをよく相談するのですが、逆に先輩方からも悩みを聞くことも多いです。

先輩イクメン
先輩イクメン

子供が言われたことしかしない・・・

先輩イクメン
先輩イクメン

子供がなかなかいうことを聞いてくれない・・・


私も子供の教育方針について毎日何かしら考えていますが、今回はこのような方向けに一つの考え方・案として書いた記事です!

自分が子供の頃の教育

みなさんは子供の頃親にどのように教育されてたでしょうか?

私の父は厳格ではありましたが、ある時から少し放置気味、私の意思を尊重した教育方針でした。
逆に母は常日頃から勉強をしなさいという部類の人でした。

うちは裕福ではありませんでしたが、ある程度自分のやりたいようにさせてもらいましたし、自主性を重んじる家庭ではありました。

ただ、その頃の自分を振り返ると子供の頃から何をやりたい!この夢がある!というものがあまりありませんでした。

とにかく「勉強をしていい学校に行きなさい!」というのが親の考えだったため、とりあえずその考えに従っておこう、という考えでした。

その結果勉強の意義を見出せず目的も目標も持たないままなんとなく勉強するという学生生活を過ごしていた記憶があります。

勉強は人並みにはしていましたが、今思えばあまりよい状態ではなかったと思っています。

自分の子供に向けての教育方針

やはり自分の子供には「自分のやりたいことを好きなように伸び伸びとさせてあげたい!」こう思う親が多いと思います。

一方で子供はなかなか自主性をが芽生えず、どうしようか迷っている間に大人になる、もしくは迷うことすら放棄したまま大人になるというパターンをよく聞きます。
(自分も迷っている間に大人になったパターンです)


なかなか親の思いどおりに育ってくれないのが子供だと思いますが、私はおそらくそれで良いのではないかと思っています。

なぜなら「子供も立派な社会の一員という意味では社会人だから」という考えです。

ただ、情報量、知識量が足らないがために、社会的にみて間違いである選択肢(犯罪行為、マナー違反)を取ってしまうこともあるので、その際に少しアドバイスは必要だとは思います。

何か大きな問題になりそうなときに、少しだけサポートするのみで基本的には自分のやりたいようにさせてあげれば良いと思っています。

あとは自己責任という考え方

基本的に自主性に任せると言っても、何もかもやりたいようにやらせて放置教育としてしまうと、自ら学ぶことはせず子供は何も成長しません

そこで親の出番です!

子供の選択肢に対してやるのはオッケイだけど「その根拠は?」と尋ねてみる。

我々のアドバイスに従わない場合も「どうも思うから従わないのか?」を一緒に話し合うようにする。

そうすることで、自分の行動に責任が伴いますし、たとえ失敗しても後悔はないようにするのが狙いです。

要は自分の人生、自己責任であることを自覚してもらうのです。

子供の頃の親に求めること

自分が子供の頃に足りなかったことを思い返してみました。

その中で思いついたのが、世の中のことに対して興味を持つための経験や日常会話が少なかったことです。

他の家庭を見たわけではないのですが、色々な人の話を聞く中で客観的に見て少ないように感じました。

ですので、自分の子供にはできるだけ多くの経験をさせてあげるいろんな世界を見せてあげるいろんな話をしてあげる、ということを意識しようかなって思っています。

自分から話せることは世の中のごく一部です。

世の中のことを包み隠さず言うことが、子供にとっていいことなのか、悪いことなのかはわかりませんが、子供にとって最良と思える選択肢を取っていきたいですね。

まとめ

ここまで、子供の教育論についての持論を述べさせていただきました。

子供の自主性と言っておきながら、結局は自分のエゴなのかなという葛藤もあります。
ただ自分としても後悔しないような選択肢を取りたいので、子供の自主性を重んじつつ自分の教育方針も主張しつつバランスよくやっていきたいですね。

今回は「【子育て】子供も一人の立派な社会人という考え方【教育論】」というお話でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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